珠洲焼
平安末から室町に至る四百年間、
能登半島の先端「珠洲(すず)」の地に炎を上げ続け、
東北から関西まで広い地域で庶民の日常器を供給してきた古窯があった。
それは戦国期に忽然と姿を消すが、
戦後考古学の研究により珠洲が中世陶器の一大産地であったことが判明、
「珠洲焼」は一躍脚光を浴びる。
そして昭和五二年、四五〇年の眠りを経て再び珠洲焼の窯に火が入れられた。
鉄分を多く含む土、
千二百度を超える高温による「燻(くす)べ焼き」という焼成法が
珠洲焼に独特の黒灰色を与え、薪の灰が景色をもたらす。
無釉焼き締めの珠洲焼は使い込むほどにその味わいを増す焼き物である。